医師偏在の現状

日本の医師数は年々増加しており、約34万人以上の医師が活動しています(厚生労働省「医師・歯科医師・薬剤師統計」より)。しかし、医師の地域偏在と診療科偏在は依然として深刻な問題であり、国としてさまざまな対策を講じています。

地域偏在

医師の地域偏在は、都市部への集中が主な原因です。人口10万人あたりの医師数を都道府県別に見ると、最も多い地域と最も少ない地域で約2倍の差があります。

  • 医師が多い地域:東京、京都、徳島、福岡など
  • 医師が少ない地域:埼玉、茨城、新潟、岩手など

さらに、同一都道府県内でも都市部と過疎地域の格差は大きく、へき地医療の維持が困難な地域が増えています。

診療科偏在

診療科による医師の偏在も深刻です。ライフスタイルや訴訟リスクを考慮する医師が増えた結果、特定の診療科で人手不足が顕著になっています。

  • 不足している診療科:産婦人科、外科、救急科、小児科
  • 増加傾向の診療科:皮膚科、眼科、精神科、美容外科

医師偏在指標とは

厚生労働省は医師偏在の客観的な把握のため、「医師偏在指標」を導入しています。

医師偏在指標の概要

医師偏在指標は、以下の要素を考慮して算出される複合的な指標です。

  • 地域の医療需要(人口構成、疾病構造)
  • 患者の流出入(隣接地域への受診行動)
  • 医師の性別・年齢構成(労働時間の違いを考慮)
  • 地域の面積(へき地の移動コスト)

医師少数区域と医師多数区域

医師偏在指標に基づき、全国の二次医療圏が以下に分類されています。

  • 医師少数区域:下位33.3%の地域(約110医療圏)
  • 医師多数区域:上位33.3%の地域(約110医療圏)
  • その他:中間の地域

医師少数区域での勤務は、さまざまなインセンティブの対象となります。

国の主な偏在対策

1. 医師少数区域での勤務インセンティブ

国は医師少数区域への医師確保のため、複数のインセンティブ制度を設けています。

  • 経済的インセンティブ:地域医療支援センターを通じた支援金、住宅手当
  • キャリアインセンティブ:医師少数区域での勤務経験を管理者要件に組み込む議論
  • 研修インセンティブ:地域医療研修の充実

2. 地域枠制度

医学部の地域枠は、入学時に特定の地域での一定期間の勤務を条件とする制度です。

  • 全国の医学部で約1,700名程度の地域枠が設定されている
  • 奨学金の貸与と引き換えに、卒後一定期間(通常9年程度)の地域勤務が義務付けられる
  • 義務を果たさない場合、奨学金の一括返還が求められる

地域枠の拡大は医師偏在対策の柱の一つですが、義務年限終了後の都市部流出や、キャリア形成への影響など課題も指摘されています。

3. 新専門医制度のシーリング(定員制限)

2018年に開始された新専門医制度では、都市部の専攻医の定員にシーリング(上限)を設ける仕組みが導入されています。

  • 東京、大阪、愛知など大都市圏の専攻医定員を制限
  • 診療科ごとの必要医師数に基づく定員配分
  • 不足している診療科への誘導効果を期待

シーリングの影響

シーリングは医師の進路選択に一定の影響を与えています。

  • 都市部の人気プログラムで採用枠が制限される
  • 地方プログラムへの応募が増加する傾向
  • 一方で、希望する研修が受けられないという不満の声も

偏在対策が医師個人のキャリアに与える影響

国の偏在対策は、個々の医師のキャリア形成にも影響を及ぼしています。

専門医取得への影響

  • シーリングにより、第一希望の研修先で専門医を取得できない可能性
  • 地方での研修を選択した場合の症例の偏りへの懸念
  • 一方で、地方では豊富な症例を経験できるメリットも

勤務地選択への影響

  • 医師少数区域での勤務経験が将来の管理者要件に関連する可能性
  • 地域枠出身者は義務年限中の転職が制限される
  • 地方勤務のインセンティブにより、好条件の求人が増加

年収・待遇への影響

医師偏在対策の結果、医師不足地域の待遇が向上する傾向にあります。

  • 医師少数区域の年収は都市部より200万〜500万円程度高いケースが多い
  • 住宅手当、引越費用、赴任手当等の付帯条件が充実
  • 研修機会の提供や学会参加費の補助

地方勤務の魅力と現実

地方勤務の魅力

  • 高年収:都市部と比較して年収が高い傾向
  • 幅広い臨床経験:専門外の症例も含めた総合的な診療力が鍛えられる
  • 地域での存在感:「先生がいてくれて助かる」という直接的なやりがい
  • 住環境の良さ:広い住居、自然豊かな環境、子育て環境
  • 通勤ストレスの軽減:車通勤が中心で満員電車とは無縁

地方勤務の現実

  • 医師数の少なさ:オンコールの頻度が高い、代わりがいない
  • 専門医療へのアクセス:高度な検査・治療が必要な場合の搬送
  • 家族の問題:配偶者の仕事、子どもの教育環境
  • 文化・娯楽の少なさ:都市部の利便性に慣れた医師には適応が必要
  • キャリアの不安:専門性の維持、学会活動、人脈形成

地方勤務を成功させるポイント

地方勤務を前向きなキャリア選択にするためには、以下の点を意識することが有効です。

  • 期間を決める:「3年間」など明確な期限を設定し、その間に達成する目標を明確にする
  • オンラインの活用:遠隔での学会参加や論文執筆で学術活動を継続する
  • 地域との関係構築:地域の医師会、行政、住民との連携を通じて、かけがえのない経験を積む

今後の展望

医師偏在対策は今後さらに強化される見通しです。

  • 医師偏在指標の見直し:より精緻な偏在把握へ
  • 外来医師多数区域での新規開業規制の検討
  • 遠隔医療(オンライン診療)の活用による偏在緩和
  • タスクシフト・タスクシェアによる医師業務の効率化

医師個人としては、これらの政策動向を注視しつつ、自身のキャリアプランに偏在対策の影響を織り込んでおくことが重要です。地方勤務を前向きに捉え、キャリアの一部に組み込むことで、医師としての幅を広げる機会にもなり得ます。

また、偏在対策は単なる規制ではなく、医師にとっての新たなキャリアチャンスを生み出す側面もあります。医師少数区域での勤務経験は、総合診療力の向上、地域医療のリーダーシップ、行政との連携経験など、都市部では得られない貴重なスキルを身につける機会です。将来的には、こうした経験が管理者や指導者としてのキャリアにおいて高く評価される可能性があります。

まとめ

医師の偏在問題は、地域偏在と診療科偏在の両面で依然として深刻です。国は医師偏在指標の導入、地域枠制度の拡充、新専門医制度のシーリングなど、さまざまな対策を講じています。これらの施策は個々の医師のキャリア形成にも影響を及ぼしており、専門医取得、勤務地選択、年収などに関わってきます。地方勤務には高年収や幅広い臨床経験といった魅力がある一方、オンコール負担や家族の問題といった現実的な課題もあります。今後の政策動向を見据えながら、自身のキャリアプランを柔軟に設計していくことが大切です。

参考情報

ご注意

  • 本記事の情報は 2026年6月 時点のものです。最新の情報は各公式サイトをご確認ください。
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